【TOEIC300点台からアメリカで働くまで】理系大学生から始める10年ロードマップを海外駐在エンジニアが解説!
はじめまして、元TOEIC300点台の理系大学生、2カ国の語学留学で英語を克服し、現在は航空機エンジニアとして海外駐在中のピニャといいます!
このページでは、英語が本当に苦手だった私の実体験をベースに、実際に「英語苦手」→「海外で働く」までのロードマップをご紹介します。
「海外で働いてみたい。でも、英語が苦手だし、自分には無理だ。」
そんな私が10年後には航空機エンジニアとしてアメリカで働くことになりました。
この記事では、私が「海外で働いてみたい」と思ってから、アメリカで航空機エンジニアとして働くまでに実際に歩んだ道のりを5つのSTEPに分けて紹介します。
英語が苦手でも、最初から海外で働けるほどの英語力がなくても大丈夫。
大切なのは、いきなり完璧を目指すことではなく、目の前の一歩を踏み出すことでした。
ポイントは、「英語を完璧にしてから海外へ行ったわけではない」ことです。
英語が苦手で全く話せないまま留学を決め、海外で英語を使うことで少しずつできるようになりました。
私が初めて「海外で働いてみたい」と思ったのは、大学3年生の就職活動中。
当時は自己分析をしても、他の就活生に比べて「自分にはこれといった強みがない」と感じていました。
一方で、企業分析をする中で航空機エンジニアという仕事に興味を持ちました。
そこで志望企業の人事に電話して、航空機のエンジニアになるには何が必要なのかを聞いてみました。
「大学で学ぶ専門分野に加えて、英語力があると活躍しやすい」
「航空機エンジニアとして、英語を使って海外で仕事をしている自分の姿」
「今から英語を勉強しても遅すぎる」と思い、いったん諦めました。
転機になったのは、就職活動中の友人との何気ない会話でした。
友人は資格を取ったり、海外経験を積んだりしながら、将来のためにしっかり準備していました。
「みんなしっかり自分の将来のために前々から計画的に動いていたんだ。」
何だか自分の大学生活はこれで良かったのか?、と少しの後悔に近い感情が湧いてきました。
でも、英語が苦手だからという理由で、最初から諦めようとしている。
「何もしないまま後悔するより、挑戦して失敗する方がいい。」
「英語ができるようになってから留学する」のではなく、
急に留学を決めたので、最初は何も分かりませんでした。
最終的には、大学の留学支援室で留学経験のあるスタッフに相談しながら、留学プランを決めました。
「何も分からないから動けない」のではなく、分からないからこそ、まず相談してみる。
留学プランを実行していく一方で、大学の留学支援室のスタッフから、外国人講師を紹介してもらいました。
「Hello, nice to meet you.」
その後はYes、Noくらいしか出てきません。なんというか、その場では頭が真っ白になるし、相手に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
「とにかく意思疎通しよう」と考えると、意外と話せる。
これは、その後の海外生活でも非常に重要な考え方になりました。
それでも、フィリピン留学のマンツーマン授業のおかげで、自分のペースで英語を話すことができました。
最初の2週間くらいは精神的に本当に大変。英語を聞くことにも、話すことにも慣れていない。そして朝から夕方まで英語。
「もう英語を聞きたくない」と思うほど辛い時期もありました。
でも、英語が苦手だった私にとっては、これでも大きな変化でした。
「英語が苦手な自分でも、環境を変えて努力すれば少しずつ変われる」
フィリピン留学を終えた後、オーストラリアへ行きました。
フィリピンで英語に慣れていたおかげで、入学試験でも比較的上位のクラスに入ることができました。
下位のクラスでは日本人やアジア出身の人ばかりでしたが、上位のクラスではヨーロッパなどを含めた多国籍な人が集まります。
様々な国の人と話すことで、英語の発音やイントネーションにも違いがあることを実感しました。
この時は気づきませんでしたが、実は社会へ出て仕事で英語を使うときに"なまり"の英語に耐性があることは、かなりアドバンテージになります。
なぜなら、海外で働くときは、相手がネイティブばかりとは限らないからです。むしろ、私の場合はネイティブでない人と話すことも半々くらいであった感覚です。
でも、10年経った今振り返ると、留学で一番大きかったのは英語力だけではありません。
この経験が、その後の人生でも大きな支えになりました。
就職活動では他の学生と差別化しやすく、アピールも上手くいきました。
航空機について学び、設計の仕事を経験し、設計ツールなどの専門スキルを身につけていきました。
外国人エンジニアと一緒に仕事をする機会がありました。これが、仕事で初めて英語を使った経験です。
ここで、英語は目的ではなく、仕事をするためのコミュニケーションツールなのだと実感しました。
そう思っても、すぐに海外駐在できるわけではありません。私の場合、留学から海外駐在まで約10年かかりました。
「海外に行きたいからといって、海外のことばかり考えない」
そして、留学から約10年。入社8年目に、上司から突然話をされました。
もちろん、すぐに一人で決めたわけではありません。この頃には結婚していて、子どももいました。
留学を決めたときとは違う、不安もありました。でも、10年前から思い描いていた、
海外駐在の準備が始まると、やることは山ほどありました。これを2〜3ヶ月で終わらせます。
「海外駐在が決まったから英語を猛勉強しよう」と思っていたとしても、そんな時間はほとんどありません。
など、英語でやるには初めて経験することばかりでした。
留学中にも、分からないことだらけの環境で一つずつ問題を解決してきたからです。
私にとって留学経験の最大の財産は、英語力そのものだけではなく、
そして、現地のエンジニアと英語で仕事を始めました。最初の週から英語で仕事をしました。
「海外案件を少し経験しただけで、いきなり海外駐在なんてできるのだろうか?」
でも、実際に現地に行ってみると、何とか仕事ができました。
必要に迫られると、人は必死になって何とかしようとします。
最初から「10年後に」アメリカで働くと考えていたわけではありません。
私は、留学して本当に良かったと思っています。もちろん、英語力が身についたことも大きいです。
人生では、何かに挑戦するとき、「自分には無理かもしれない」と思うことがあります。
「でも、留学を乗り越えた自分なら、今回も何とかできるかもしれない。」
私にとって、留学経験はそういう自分を作ってくれました。
最後に、英語が苦手でも海外に挑戦しようとしている人に言葉をかけるとしたら、
「不安でも、怖くても、それでも自分を信じて進んでみてほしい。」
自分を信じて挑戦したことは、きっと無駄にはなりません。
そして、自分を信じて一歩踏み出した経験は、次の挑戦をするときの自信になります。
私はこの10年で、不安が完全に無くなってから挑戦したことは、一度もありません。
自分を信じて一歩踏み出した経験を、少しずつ積み重ねてきただけです。
まずは、自分にできる小さな一歩から始めてみてください。
もしかすると、その一歩が、10年後のあなたを思ってもみなかった場所へ連れていってくれるかもしれません。
ラボトビでは、海外への一歩を踏み出すための記事を紹介しています。
この記事では、私の10年間を大きな流れとして紹介しました。
といったことが気になった方は、ラボトビの各記事もぜひ読んでみてください。
このサイトを読んだことで、「ちょっと海外に挑戦してみようかな」と思ってくれる人が一人でも増えたら、私にとってそれが1番嬉しいです。